防災の話題 1「災害心理について ~正常性バイアスと同調性バイアス~」

災害心理について ~正常性バイアスと同調性バイアス~

東日本大震災を契機として、我が国が災害大国ということを皆が改めて実感し、国策として国土の強靭化を図るための社会基盤整備が進められています。
また、ハードの対策だけではなく、日頃からの防災教育や避難訓練などのソフト対策を含めた総合的な対策の重要性が再認識されています。
しかし、その一方で、世界で近年生じた様々な大災害の際に、相当数の被災者が一見不合理な行動を取っていたという事実も明らかになり、災害時の異常とも言える人間心理を踏まえた対策の必要性が唱導されるようになりました。
最初に災害時の異常心理について注目を集めたのは、192人もの死者を出す大惨事となった2003年の韓国地下鉄火災事件でした。車内に煙が充満しているのに黙って座っている乗客の写真が事故後に公表され、センセーションを呼びました。その後の英国の心理学者の研究結果では、災害時に落ち着いて行動できる人は約1割、パニックに陥る人は約1割、残りの約8割の人はショックで茫然自失の状態に陥るとのこと。
これはどういうことかと言うと、自分が予期しない非日常的な事態に遭遇した時、心の安定を保つために、目前の出来事を正常の範囲内だと認識しようとする心理が働いて、危険を過小評価し、危機回避のための行動を取らない、という風に心理学的には説明され、「正常性バイアス」と呼ばれています。
この現象は様々な大災害で観察されていて、米国のハリケーン「カトリーナ」では2割の住民が避難せず被害が拡大しましたが、その多くは過去に多くのハリケーンを経験した老人で「今回も大丈夫」と判断したようです。そして、わが国でも東日本大震災で警報が出ているのに避難せず多くの方々が犠牲になり、御嶽山の噴火の場合も被害者の多くは避難を優先せずに噴火や噴煙を撮影していた結果、噴火に巻き込まれたという話です。

それでは、この「正常性バイアス」の壁をどうすれば克服できるのでしょうか?
大事なことは「落ち着いて行動する」ということに尽きるのですが、落ち着きたくても落ち着けないから困るわけです。そこで、専門家は、考えられない心理状態でも自然と体が動くように緊急時にやるべきことを体に覚えさせておくことが重要だとアドバイスしています。要するに普段から避難訓練を繰り返し、条件反射的に行動できるようにすることが命を救う道というわけです。

最後にもう一つ注意しなければならない話があります。
日本は、「和の文化」としばしば言われますが、場の「空気を読む」のが常識をわきまえた大人の礼儀で、基本的には「人と同じに行動」していれば問題ない社会、と感じている方は多いのではないでしょうか。この傾向を心理学では「同調性バイアス」と言いますが、災害時には「正常性バイアス」と相まって、自分で判断し行動するのを強く妨げる方向に作用すると言われています。
この「同調性バイアス」は、一致団結して集団的に助け合う上で大きな力になりますので、災害時においても一概に悪いと言えるものではないのですが、ケースバイケース。
いつ何時、何が起こるかわからない不確定性の時代。災害に限らず、いざという時の備えは、自らのDNAと限界を良くわきまえて、いざではない時にしっかりしておきたいものです。

(文責:小町谷信彦)
2018年10月第3号 No.42