小説と橋
タイトルに橋という文字、言葉が入っている小説は多い。同時に題材として橋を描く作品も多い。詩歌でも数多あるのだろうが、さすがに俳句の季語にはなっていないと思いきや、「星の橋」「鵲(かささぎ)の橋」というのがある。これは、天の川を渡る橋のことだ。織姫と彦星の出会いの橋。男女の橋渡しのことでもある。
物理的な橋の機能を見て、人は出会う喜びや別れの切なさを感じるのだろう。
小説と橋という題をいただき、洒落た短文を書こうと思ったのだがどうも橋の出てくる小説というのを思い出せない。本当はたくさんあるのだろうが、最近の小説には橋を歩いて渡るシーンというものがあまりないのが一因かもしれない。
車や電車であっという間に通り過ぎる橋。電車から外を眺めるゆとりもないご時世か。現代の小説で橋が少ないというのは、少々問題かもしれない。。。
ところが、これが江戸時代を舞台にすると橋が重要な役割になる。単行本でも文庫本でも装丁に橋の絵と主人公を描かれているものが多いように思う。
火災で焼け落ちてしまう橋、橋があったがために命からがら逃げることができた。そういう橋と庶民の生活を描く作品は江戸時代のお決まりのシーンである。永代橋などは、その代表であろう。
はたまた、橋の上で宿敵と出会い刀と刀で火花が!というのもある。鬼平犯科帳のように船と川、そして橋が場面を引き立たせる役目を担うと、読んでいてもドキドキと臨場感にあふれるものになる。
小説に出てくる橋を訪ねるのも面白いのだろう。あまりに思い入れがあると、現代の情景を見てがっかりするかもしれないが。
橋を上手に描く作家は、きっと歩いて橋を渡るのが好きなのだろうと想像してしまう。
橋を歩き、橋から知る文学というものがありそうだ。
(執筆:札幌市在住 上野貴之)