カエサルの橋
カエサル(Caesar;英語読みはシーザー)と言えば、「賽は投げられた」「ブルータス、お前もか」といったシェークスピア劇ですっかり有名になった数々の名セリフを思い浮かべる方も多いかもしれませんが、土木という視点から見ると、数々の遠征で拡大した領土の隅々まで街道を延伸することにより、交易を活発にして大ローマ帝国の基盤を築いた歴史的土木事業家でもありました。
そして、橋に関しても、彼の著した「ガリア戦記」の中に全長400~500m、幅約12mの大規模な橋を架けたことが記されています。この橋は、木杭の桁橋なのですが、材料を集め始めてからわずか10日で完成させたと言いますから驚きです。織田信長の美濃攻めの際に豊臣秀吉(当時はまだ木下藤吉郎)が3日で築城したとも言われる墨俣城(すのまたじょう)にも匹敵する早業ですね。
では、何故、カエサルはこの橋の完成をそんなに急いだのか?急がざるを得ない理由があったのです。追ってきた敵軍に川に架かっている橋をすべて焼かれ、まさに背水の陣だったのです。そして、とても手の込んだ作戦を考えます。焼け落ちた橋の残骸近くにある木の茂みに二個師団のローマ軍を潜ませ、残りの軍隊を一列縦隊で行進させます。まるで、全軍が上流に向かって行軍していると見せかけたのです。敵軍は、行進しているローマ軍におびき寄せられて上流に向かいますが、それを見計らって隠れていた二個師団は大急ぎで橋を架け直し、上流に向かった軍隊も橋が架かるのに合わせて急いで橋に戻り、全軍が川を渡り終えると橋を焼いたとのこと。
さて、カエサルと言えば、絶世の美女クレオパトラとの愛人関係も有名ですが、相当に女性関係はお盛んだったようで、嘘か本当か当時の元老院議員の三分の一の妻は彼に寝取られた、と伝えられているとか。しかし、古代ローマでは凱旋式の際に、軍団兵たちが将軍をからかう野次を飛ばす習慣があって、カエサルの凱旋式では「夫たちよ、妻を隠せ。ヤカン頭(ハゲ)の女たらしのお通りだ」と叫ばれたと言いますから、容姿はさほどではなかったようです。地位と権力、財力は当時の女性にとっても魅力的だったとは思いますが、カエサルを稀代のプレイボーイたらしめたのは、優れた文筆で証明された知性だけではなく、よほど人間的な魅力にもあふれた人物だったと思われます。
ちなみに、日本でも人気のシーザーサラダは、カエサル(英語読みはシーザー)の大好物だった、という話は俗説で、1920年代に米国国境近くのメキシコの町のレストラン料理人のシーザーさんが考案しヒットしたサラダとのこと。一方、TVドラマ「ER救急救命室」で外科医役だったジョージ・クルーニーの髪型として一部のファンに流行ったシーザーカットは、カエサルの時代のヘアーカットが原型で、映画「テルマエ・ロマエ」で主演の阿部寛が演じたローマ人のぺったりとした短髪もその流れだそうです。
カエサル(シーザー)は、世界史や様々なネーミングで名を残すだけではなく、建設を主導したローマ街道も2000年の時を超えて、一部ですが土木遺産として残されています。
しかし、歴史にもしはありませんが、カエサルが現代の日本に生きていたならば、政治家になった途端に不倫問題で失脚し、歴史に名を残すことはなかったに違いありません。橋を焼き落とすことはできても〇〇砲にはかなわないのが現代なのでしょうか・・・
(文責:小町谷信彦)
2018年7月第3号 No.33