土木の話題33「土木工事にまつわる伝説・風習」

 今年も連日の高校野球中継とお祭りや花火のニュースが真夏の到来を実感させますが、この時期に水難事故の悲報も耳にしない年はありません。
 水難事故は様々な対策により、近年、事故件数は減少しましたが、ここ数年、特に死亡者・行方不明者がやや増加に転じているのは残念なことです。
 ところで、水難事故防止キャンペーンのキャラクターと言えば何を思い浮かべますか?
 河童(かっぱ)ではないでしょうか。子供くらいの大きさで、頭の上のお皿が特徴の緑色(または赤色)の奇妙な妖怪ですが、「河童が尻子玉を抜く」という伝承から、「尻子玉」(架空の臓器)を抜かれると「ふぬけ」になって溺れる、と恐れられてきました。
それで、水難事故の多い場所には河童が住むとされるようになり、「ここには河童がいるから泳いではいけない」ということで水難事故の防止に一役買うようになったのです。
 ちなみにお寿司の「カッパ巻き」は河童のキュウリ好きがその由来ですが、河童は水神が落ちぶれたなれの果てなので、水神の供え物に欠かせない初なり野菜のキュウリが大好物とされているそうです。
 また、河童は、子供を誘って好きな相撲を取りますが、相撲の前にお辞儀をすると河童もお辞儀を返し、頭の上の皿の水がこぼれ落ちて力が抜けてしまうと言われています。
相撲が水神に捧げる行事に由来することから連想されたのだと思いますが、こんな河童の可愛らしい一面が川のマスコットとして定着してきた由縁なのでしょう。
一方、河童の起源は、川の堤防づくりや橋の工事を手伝わせるために作った人形が変じたとも言われ、土木工事と深い関わりがありましたが、最近は河川や湖沼の水質汚染防止・環境保護活動のシンボルとしても益々活躍の場を広げているようです。
 
 さて、日本は「八百万の神」の国、当然のことながら、山には「山の神」がいますが、この神は女神です。女神と言うとギリシャ神話の最高位の「女神ヘラ」が「嫉妬の神」で夫ゼウスの浮気に怒り狂ったのと同様に、この「山の神」も大変嫉妬深い女神で、トンネル工事の現場に女性が立ち入ると嫉妬して災害をもたらすと恐れられました。そういうわけで、近年までトンネル工事の現場は女人禁制の地とされていたのです。
 もっとも、坑内労働は女性には不適切とされ労働基準法で原則禁止(2006年の法改正で現場監督などは禁止対象から除外)されていたという事情もありますが、大相撲の土俵に女性が立ち入れなかったのと同様に昔ながらの風習が女性の行動を制限していたのです。
危険が比較的多いトンネル工事には他にも、「山の神は雌犬で、犬が坑内に入ると神が怒って、犬を追い払うために山を震わせ、落盤、落石を起こす」とか「ご飯に味噌汁をかける」と切羽(きりは;掘り進めている坑道の先端)が湧水で崩れたり、落盤、落石が起きる、という伝承もあり、独特のタブーは多かったようですね。

 一方、同じ土木施設でもダムの場合は、少々事情が異なるのかもしれません。
皆さんは「ダムカレー」を食べたことはありますか?
 ダムカレーは、ダムをモチーフとしたカレーで、ダム近隣でダム名を冠しただけのカレーなども含まれますが、一般的にご飯がダムの形状になっていて、カレーを堰き止めるダムの機能を持っているカレーです。2009年頃から増え始め、日本ダムカレー協会という業界団体まで組織され、ほぼ全国の都道府県にご当地ダムカレーが広がっているようです。
中にはご飯の普通盛りはアーチ式、中盛りは重力式、大盛りはロックフィル式とダムの代表的な構造タイプを模したものもあります。興味深いのは、カレーでご飯の壁を決壊させたり、ご飯の間からカレーを放流させたりと自由な食べ方を楽しめます。
 ダムと言うと一番恐ろしいのは決壊ですが、どうもこのダムカレーについては決壊もタブーではないようで、実におおらかなものですね!

 土木工事は、自然の力を制御しながら人間の力を証明する営みと言えそうですが、かつては圧倒的な自然の猛威に屈服させられてきた中で神の怒りを買わないために様々なタブーが守られてきました。
 これまでのタブーを笑い飛ばしているようにも思える21世紀の産物 ダムカレーの普及は、ハイテク技術という武器を携えて、これまでの不可能を可能にしてきた現代人、とりわけ土木技術者の自信の象徴と言っても過言ではないかもしれません。

2022年8月第2号 No.125号
(文責:小町谷信彦)