土木の話題42「『ゾウの時間 ネズミの時間』のインフラ整備」

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 もう30年程も前ですが、「ゾウの時間 ネズミの時間」という本がベストセラーになったことを覚えておられるでしょうか?
 ゾウは長生きで70~80年生きると言われ、動作もゆっくりで、心臓もゆったりと1分間に20回程の心拍数。一方、ハツカネズミは短命でわずか2~3年の命ですが、機敏に動き廻り、心拍数は1分間に600回とゾウの30倍です。
 それで、ゾウとハツカネズミが一生に打つ心臓の鼓動数は変わらないという話が、この本の主要テーマでした。
 では、「脈が速いから早死にしないか?」と急に心配になる方もおられるかもしれませんが、ご安心ください。専門医によると、人間の場合、個人差や食事のとり方など、色々な要素による影響が大きく、この法則は成り立たないようです。

 さて、同じ1日1月1年と言っても、動物の場合、時間の密度が異なることが分かりましたが、人間社会でも、その場所場所で、時間の流れ方が大きく違うように思います。
 同じ日本でも、東京と札幌、あるいは稚内では、街を歩いている人のスピードが違います。地方に行けば行くほど、時間はゆっくりと流れ、歩き方もゆっくりで、もしかすると人口密度と人の歩行スピードは比例する、なんて法則も成り立つのかもしれません。
 それが世界の話になると、発展途上の国々の中には、移動手段はほぼ徒歩という場所やバスや鉄道が1日に何回かしか来ないという国は普通にあるでしょう。
 こう考えると、国や場所それぞれで、その時間の流れ方に応じて、必要とされるインフラが全く違ってくるのは当然と言えば当然です。
もう十年以上前の話なので、もう状況は変わっているかもしれませんが、私が寒地土木研究所に務めていた頃、JICAでキルギスやウズベキスタン等の技術者が研修に来ることがありました。研究所の担当者いわく、彼らが求めている土木技術が日本では戦後間もなくの頃に使われていたような水準のもので、現在研究所で開発している最新技術は全く役立たないと。
 確かに、その国々の環境、生活・経済レベルに応じて、政府は福祉や教育、防衛、社会基盤に予算を配分するので、オーバースペックのインフラを作ってもしょうがないのです。
 一方、現代の日本の若者は「コスパ」より「タイパ」(注1)重視とのことですし、金融業界のトレーダーがその典型ですが、一秒一刻を争う世界が広がっています。
 国内、海外を飛び回る、「タイム・イズ・マネー」の競争社会では、時間は早回しで、より早い移動、また、より便利な情報サービスがインフラに求められている。

 しかし、ペットのネズミやハムスターが回し車を回しているのを見ていると、調子に乗って、速く回し過ぎると足の回転が追い付かず転ぶことがあります。
 現代社会も、タイパの行き着く先はどういう社会なのだろう、と心配するのは、杞憂でしょうか?
 スローライフ、スロータウンという言葉が誕生して、しばらく経ちますが、時には、「人間の幸せとは何なのだろう?」とゾウの時間で、改めて問い直して見てはいかがでしょうか?
 高速インフラだけではなく、ゆったりとした時間を楽しむためのスロー・インフラも忘れないようにしたいものです!

(注1)タイパ:タイム・パーフォーマンス(時間帯効果)の略語。例えば、現代の若者はビデオを3倍速で見たり、TVも録画してCMを飛ばして見るなど、時間の無駄を嫌う傾向が強いと言われています。

2024年7月第1号 No.148
(文責:小町谷信彦)