防潮堤と堤防の役割~災害時の備え、では平常時は?
東日本大震災から今年で10年、震災復興はまだ道半ばと言えそうです。
復興の過程では防潮堤の整備を巡って、防災機能の確保を何よりも重視する建設推進派と防潮堤の巨大化が自然を破壊し、また町と海の分断が慣れ親しんだ風景を喪失させるという反対派との意見の対立が多々生じたようです。しかし、例えば気仙沼市では多くの地域で双方が議論を重ね、納得のいく調整案が見いだされました。
防潮堤の設置位置を海岸線から後退、道路と一体化、防潮堤の上面に平常時は伏せた状態で津波襲来時に浮力で起立する防潮壁(フラップ)を設置、といった様々なアイディアや技術により難題を解決したのです。
ひと昔前は、大規模ダムの建設計画などで公共事業推進派と自然保護派が激しく対立し、妥協点を見いだせぬまま膠着状態となりしばしば事業は凍結されましたが、住民参加による協議会の仕組みが法的にも整えられ、公共と住民、住民相互の合意形成の進め方も成熟しつつあると感じます。
海外にも街と川との分断を巧みなデザインで解消した防潮堤の好い事例があります。ドイツ北部の港湾都市ハンブルグは1962年に当時の防潮堤を越える高潮で甚大な洪水被害を被ったことから、高規格の防潮堤の整備を進めてきました。2019年に完成した全長625mの防潮堤は地球温暖化による百年先の水位上昇80㎝を上乗せした高さ海抜約9mを確保した巨大構造物ですが、堤防の上面を幅10m以上の歩道とし、すり鉢状の階段を周辺道路の交差点箇所に設けて歩行者を自然に堤防上に誘導しています。さらに、堤防の川側にテラス状の階段を設け、座って川の風景が楽しめるほか、堤体の内部を駐車場として活用するなど、様々な工夫が凝らされています。
さて、私たちにとって馴染みのある堤防は防潮堤よりも大雨による氾濫を防ぐ川の堤防かもしれません。
市街地や農地を流れる大きな川では堤防の整備は災害時の備えとして不可欠ですが、平常時も堤防上の道路が散策やジョギング、サイクリングなどの場として利用されています。
堤防上の桜並木は桜堤と呼ばれ全国各地で花見の場として市民に親しまれていますが、特に東京の隅田川沿いの桜並木は隅田堤(墨堤)の桜として江戸時代から親しまれてきました。そのルーツは、異説もありますが一般的には享保年間に8代将軍・徳川吉宗が植えたとされ、同様に吉宗ゆかりの王子の飛鳥山、玉川上水沿いの小金井、品川の御殿山、上野の寛永寺と並んで江戸近郊の桜の五大名所の一つに数えられています。
墨堤の桜(出典:墨田区公式WEBサイト)
ところで、近年、都市の貴重なオープンスペースである堤防をさらに有効に活用する新たな動きが始まりました。河川敷地の土地利用に関する法規制が改正され、水辺の賑わいを創出し、まちを活性化するための事業が条件次第では許可されるようになり、2013年、東京で初めての河川敷地カフェ(ドトールコーヒー)が隅田堤(隅田公園)に誕生したのです。このように公共空間を民間の力も活用して上手に使い倒していこうという動きは都市公園においても制度の改正によりPark-PFI(公募設置管理制度)が創設され、各地で水辺の賑わいが生み出されつつあります。
松竹株式会社が運営するCafé W.E(出典:台東区公式WEBサイト)
隅田公園オープンカフェでのイベント(出典:台東区公式WEBサイト)
昨年来、コロナ禍で花見も自粛という何とも寂しいご時勢ですが、「何事にも時がある。笑うのに時があり、泣くのに時がある。」という格言があります。今は「辛抱の時」、コロナ明けの花見は喜びもひとしおになりそうですね!
2021年5月第2号 No.98号
(文責:小町谷信彦)