北海道は、地平線までも続くような直線道路が道外からの来訪者をワクワクさせる魅力の一つになっていますが、慣れてくるとその単調さは、居眠り運転の元凶ともなります。
一方、地形が複雑な曲がりくねった道路は、カーブでハンドルを切る度に風景が変り、飽きませんが、あまり風景に見入っていると事故のもとです。
風景を楽しめる道路は、快適に走りやすい道で、程良く風景が変化し、眺望ポイントには駐車場が整備されていることが必要条件となりそうです。
しかし、それだけでは十分ではないでしょう。当然のことながら風景が魅力的かどうかが大きな問題ですが、その点、北海道のポテンシャルは極めて高いと言えるでしょう。
白樺街道(北海道・美瑛町)
さて、車の道の話から飛びますが、歩きながら風景を楽しめる究極の道をご紹介したいと思います。
それは池泉回遊式庭園です。主に江戸時代に大名によって造られたこの日本独特の庭園は、池の周りを歩きながら風景の変化を楽しむ庭でした。
多くの場合、池は少々湾曲し、その周りの築山(つきやま)や丘が地形に変化を与えているのですが、歩いていると池が見えたり見えなくなったりという「見え隠れ」の変化が楽しめます。また、築山は鬱蒼とした奥山の風情を醸し出し、階段を上るとパッと開ける視界とその眼下に見える池の眺望、そして池に注ぐ小川には石橋、土橋、千鳥の木橋と様々な橋が現れ、歩く人を飽きさせない仕掛けが続きます。さらに作庭家の腕の見せ所は樹木の配植で、形の良い一本の樹が絶妙な位置に配されるだけで、圧巻の風景が生み出されるのです。。
薄暗い林を抜けると明るい広場、角を曲がると目の前に広がる新しい風景と、テーマパークのアトラクションのように展開される散策体験は、都会生活で鈍りがちな五感を呼び覚まします。これで、峠の茶庭や池畔の東屋で抹茶の一杯でも振舞われれば大名にでもなった気分に浸れるかもしれません。
秋の六義園 藤代峠からの展望(出典:Wikipedia)
それにしても残念なのは、北海道には池泉回遊式庭園と呼べる庭園がほとんどないことです。
もちろん旧道庁赤レンガ庁舎の池は素晴らしい絵になる風景ですし、札幌の中島公園や百合が原公園の日本庭園も素敵なのですが、回遊の妙を楽しむ庭園とは言えないでしょう。
江戸時代の徳川5代将軍綱吉の側用人 柳沢吉保が造営した東京の「六義園(りくぎえん)」や水戸徳川家(水戸藩)の藩邸だった「小石川後楽園」のような贅(ぜい)を尽くした池泉回遊式庭園は殿様の時代にしか造り得ない過去の産物なのかもしれません。
池泉回遊式庭園は、日本人が得意とする繊細で緻密な芸術性を箱庭的な空間に凝縮したものです。そしてこの発想や技法は、現代において求められている「歩いて楽しいまちづくり」において活かせるものが多々ありそうな気がします。
一方、北海道の雄大なスケールの自然は、本州の箱庭的な変化に富んだ風景とは異次元の魅力があり、北海道ならではの「風景を楽しめる道路」を期待する声は多いと思います。
既に北海道では、「地域の魅力を道でつなぎながら個性的な地域、美しい環境づくりを目指すシーニックバイウェイ北海道」が13ルートで指定され、約440の団体が活発に活動を続けています。ドライブ観光の聖地、世界の北海道を目指して、さらなるブラッシュアップを期待したいものです。
2021年12月第1号 No.110号
(文責:小町谷信彦)