絵になる道
「道」というタイトルの東山魁夷の絵をご覧になったことはありませんか?
戦後間もない1947年に「残照」でデビューした日本画壇の巨匠がその3年後に書いた初期の代表作の一つです。私にとっては、若い頃に買った同氏の画集の最初のページを飾っていた一枚ということもあり、とても印象深く好きな絵です。
鮮やかな黄緑色の草原の丘を真っすぐに伸びる道、そして、坂を上り切った丘の彼方にも遠望される草原と控えめに明るい空。数多くのエッセイにより著述家としても知られるこの巨匠は、「絶望と希望とが織り交じった道、遍歴の道」であると同時に「新しく始まる道」「未来への憧憬の道、また、過去への郷愁を誘う道にもなった」と作品紹介をしていますが、シンプルな構図と全体を包む柔らかい色調は見る者を癒し、一直線の道の先には何か明るい希望を感じさせるものがあります。
では、「道」で思い浮かぶ西洋画は?と問われれば、ホッベマの「ミッデルハルニスの並木道」でしょうか。画面中央を一直線に伸びるポプラ並木が印象的なこの田舎道の絵は、遠近法の典型的な作例として学校の美術の教科書にも登場しますので、題名に覚えはなくとも見れば見覚えがあると感じる方も多いと思います。17世紀のオランダ絵画全盛の時代の代表的な風景画です。
作者のホッベマは、オランダ風景画の先駆者ロイスダールの後継者と評されていますが、同時代のオランダの巨匠(美術史に名を残したレンブラントやフェルメールなど)と同様、生きている間はあまり理解されない不遇の生涯だったようです。若い頃には、生活苦から自分の絵を師匠の作品と偽って売って暮らしていたとも言われています。そういう事情に加えて、そもそも彼の初期の作品は師の影響を強く受け、ほとんど見分けがつかないほど作風が似ていたことから、誰の作品かを同定するのは、専門家にとってもなかなかの難題だったようです。
さて並木と言うと、緑陰や美しい景観づくりのために植樹されるものというイメージを持っている方が多いと思いますが、このホッベマの並木道は、注意して見ると道の両側に水路があり、実はこの並木は、木の根っこが土手を強くして、増水した時に水が侵食するのを防ぐために植えられたものだったのです。ヒョロヒョロと弱々しく伸びた、何とも頼りないポプラ並木ですが、地面の下の見えないところで、頑張って大事なお役目を果たしていたのです。
私達も周りを土木の目で見ると、様々な土木構造物が土の中で、縁の下の力持ちとして頑張っている姿が透けて見えてくるかもしれませんね?
(文責:小町谷信彦)
2018年6月第3号 No.29