最近は、商社の商品名をそのままJRの駅名にすることも珍しくなくなってきた。たとえば千歳線新千歳空港駅近くには「サッポロビール庭園」という駅があり、列車を降りると目と鼻の先が玄関、なんてこともあるほどだ。
何をいまさら、と言われそうな駅名も多い。函館本線大沼公園駅は、著名な公園名をそのままつけており、驚くに当たるまい。
でもこんなのはどうだろう。「10$駅」!? えっ、それなーに、と驚かれる向きも多かろう。根室本線十弗駅。ただし読み方は「十ドル」ではなく「とおふつ」。帯広駅を発って30分ほどで池田駅。そこから8分ほど走るとお目当ての駅だ。
駅ホームに「とおふつ」と書かれた看板と並んで、大きな「10$駅」の看板がこれ見よがしに立っている。列車を模した絵と並んで「十弗10$駅」とあり、最下段に「10$持って旅に出よう、きっといいことが待っている」と書かれている。
この地方を取材で訪れた時、思わずシャッターを切ったのがこの写真だが、もし西洋人の訪日客なら、なぜここにドル紙幣の看板が……と目をシロクロさせるに違いない。
なぜこんな駅名になったのか。理由は簡単。開拓当時からこの地帯は豊頃町十弗と呼ばれていたから。
歴史をひもとくと寛政11(1799)年松前藩士の柄崎蔵人により、大津に十勝場所が設けられたのが始まり。大津は同じ豊頃町にあり、十勝発祥の地として知られ、明治8(1875)年には早くも大津郵便局ができ、明治13(1880)年に十勝外四郡戸長役場が置かれた。これが豊頃町の開基で、十弗の地名もこの時に生まれた。アイヌ語で、ト・プッ。沼の口、の意。音からついた。
十弗駅ホームに立つ「十弗は10$駅」の看板(著者撮影)
ちなみに町内には珍しい地名が多い。育素多(いくそだ)、礼作別(れいさくべつ)、農野牛(のうやうし)、牛首別(うししゅべつ)、背負(せおい)、安骨(あんこつ)、薄別(うすべつ)、旅来(たびこらい)…、といった具合。いずれもアイヌ語で呼ばれていたのを和名にしたもの。十弗もそうした地名の一つで、近くに十弗宝町という地名まであり、驚いてしまう。
話が変わるがこの町に、茂岩新和、茂岩本、茂岩末広、茂岩栄など茂岩を頭につけた町内が多いのを知った。モイワはアイヌ語で「小さな山」の意。十勝川が流れる流域に段丘が起伏しており、それが地名になったわけだ。
ト・プッといい、モイワといい、アイヌ語の地名に囲まれた豊かな町に、今年も実りの秋がやって来る。
ノンフィクション作家
1934年、北海道空知郡上砂川町出身。佛教大学卒。
北海道新聞記者として道内各地に勤務。在職中からノンフィクション作品を発表。
主な作品は、『日本史の現場検証』(扶桑社)、『日本人の遺書』(藤原書店)、『龍馬、蝦夷地を開きたく』(寿郎社)、『松浦武四郎北の大地に立つ』(北海道出版企画センター)など多数。札幌市在住。