函館湾沿いの内陸を円弧を描いて延びる高規格道路、函館・江差自動車道路。そのうち茂辺地木古内道路16キロメートルが開通した。コースは海岸沿いに走る国道228号と並行する形で内陸部に延びており、函館港や函館空港をはじめ新幹線木古内駅とを結んで利便性が高まり、交通量が急速に増えているという。
函館インターからこのコースを走った。左手に海岸線が連続し、右手に樹海が広がっている。この間に大きな橋が四橋、架けられた。橋の名を函館側から、稲荷大橋、弁財天大橋、別当大橋、山の神大橋と知り、驚いた。なんとこの橋の名は、木古内町の佐女川神社のご神体から採ったものなのだ。
開通した高規格道路の茂辺地木古内道路=「稲荷大橋」付近
橋に神の名をつけたのは誰か。函館開発建設部道路計画課長新井田勇二さんによると、「地元木古内町の要請を受けて名づけたのです」という。
ちなみに新井田さんの出身地も木古内町である。四つの神に護られながら走る、それだけで爽快感を覚えるのではないか。思わず拍手を送りたい気持ちになった。
佐女川神社のご神体が登場するのは、毎年1月15日に催される“寒中みそぎ”という荒々しい神事。祭神は主神を玉依姫命(たまよりひめのみこと)といい、ほかに稲荷、山の神、弁財天の四神。
祭りの当日は、行修者と呼ばれる四人の若者が下帯一つになり、四つの神体を抱いて海に入り、海水をざぶざぶかけてみそぐ。見ているだけで身震いするほどの荒業だ。その壮絶なまでの神事が評判となり、人出は年々増えるばかり。最近はJR北海道新幹線の木古内駅が誕生して、本州からの来客もぐっと増えたという。
なぜこんな奇妙な祭りが生まれたのか。起源を遡ると天保2(1831)年1月17日未明、神社の神職は奇妙な夢を見る。ご神体の玉依姫命が枕元に立ち、「我が体を洗い清めよ」と告げた。神職は神社下を流れる冷たい水で身を浄めたうえ、神体を抱いて海中に入ると、河口に大きなサメが身を横たえていた。「これぞ聖なる神の使者」と感じた神職は、祈りながら神体をみそぎ、神殿に奉納した。
以来、この佐女川神社と称され、女性の守り神として毎年1月17日にみそぎ神事が行われてきた。三十数年前に現在の1月15日に変わったが、百九十年もの伝統を持つ。
行修者は若い男性で、一年目に弁財天を抱き、二年目に山の神、三年目に稲荷、最後の四年目に別当の玉依姫を抱く。四年がかりなのでこの間、結婚はできない。
祭りの朝、行修者は揃って神社を出立し、祭場となる海辺に赴き、下帯ひとつで神体を抱き海中に飛び込み、神体に海水をかけて荒々しくみそぐ。見物人の間から、「ひゃー、つめたそーっ」と悲鳴が上がる。身も心も凍りつくような神事なのだ。
高規格道路につけられた ”神の名の橋” を見ようと、車を走らせた。初冬に近い季節なのに、路面は輝くように整備されている。真っ青な色彩を広げる津軽海峡を左手に見て、函館から北斗市を越えて木古内町に入る。
大釜谷川を渡る寸前、標識が見えてきた。「稲荷大橋」とあり、寒中みそぎの若者の姿がイラストで描かれている。鉄筋コンクリート造り。長さ298メートル、橋の上部形式を専門語で3径間連続ポステンPCラーメン箱桁橋という。その強靭さに見惚れながら一気に通過する。
続いて大坪沢川に架かる「弁財天大橋」を渡る。長さ140メートル。形式は4径間連続コンポ桁橋。ここに架かる四橋の中では一番短いが、市中に架かる普通の橋に比べればやはり凄い。例えば釧路の幣舞橋(長さ124メートル)より少し長いことになる。橋下に降りて眺めたが、眼前に延びるコンクリート造形物にただただ圧倒された。
海面に弧を描くサラキ岬を遠くに見て、車は走る。この岬沖で1871(明治4)年9月20日、咸臨丸(かんりんまる)が難破、沈没したが、乗船者400人全員を救出したのは浜沿いの泉沢集落の人々だった。咸臨丸はいまなお海中に沈んだまま。私事になるが、『咸臨丸栄光と悲劇』(北海道新聞社刊)という本を書いただけに、思い入れは消えない。
あっという間もなく「別当大橋」に至る。亀川に架かる長さ473メートル。幅員は同じく10.5メートル。6径間連続PCラーメン箱桁橋といい、とてつもなく巨大だ。あの厚岸大橋(長さ457メートル)に匹敵する。ちなみに日本ハム球場(北広島市)の広さはバックネットからセンターの背後まで約136メートルだから、その3.5倍に相当する。別当・玉依姫にふさわしく、壮大さと優雅さを感じさせる。
最後に現れたのが呉川に架かる「山の神大橋」。6径間連続PCコンポ箱桁橋と呼ばれ、長さは241メートル。特徴は幅員が11.15メートルと他の三橋と比べて0.65メートルも広い。
高規格道路を降りて木古内町市外へ。走ってみて、大橋を続けざまに渡ったという感覚はない。ただ歴史が詰まったコースを悠然と走ったという心地よさだけが印象に残った。
この道路の開通により、木古内―函館を経て函館空港へのルートがつながり、道南地域の高規格道路ネットワークは一段と広がった。四神に護られて、快適で安全な道路であるように、と心から願っている。
茂辺地木古内道路の「山の神大橋」の標識
茂辺地木古内道路を振り仰ぐ形で見る=「山の神大橋」付近