橋姫さまのお話
 ノンフィクション作家 合田一道

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 春の兆しが見えだしたので、知人の車で国道12号を岩見沢へ向け、走った。この町に古くから橋にまつわるいくつかの昔話が伝えられている。その一つを―。
 開拓期の頃、入植者たちは総出で原始林を切り倒し、土地を切り開いていった。周辺に幾春別川や幌向川など大きな川があり、渡るのに渡し舟を用いたが、小さな川は樹木を切り倒して丸太を敷いて架け橋にした。
 でも天気のいい日はいいが、少しでも雨が降ると、粗末な橋はすぐに流されてしまう。人々は話し合い、力を合わせて立派な橋を架けることにした。みんなで川辺に集まり、御幣(ごへい)を供えて「どうか立派な橋ができますように」と祈って、工事に取りかかった。
 一番難儀なのは橋桁を川中に打ち込む作業だ。その日は男も女も総出で綱を引き、「ドンツキ唄」を歌いながら、杭を打った。
「エンヤコラヤノヤーイ」。ドーン。「モヒトツオマケニヤーイ」。ドーン。
 お陰で三カ所の杭打ちも無事に終わり、橋桁が敷かれると、喜んだ若者たちが競うように橋桁を踏んで渡った。
「明日、丸太を敷いたら完成だ」
 人々は喜び合い、わが家に帰っていった。その夜から雨になり、翌日まで降り続いた。心配した若者が橋のたもとまで行ってみると、川水がごうごうと流れ、目の前の橋桁があっという間に流された。
 村人たちはがっかりしたが、何としても橋が欲しいので、また一日がかりでより頑丈な橋を取り付けた。ところがまた大雨が降り、根こそぎ流されてしまった。
「昔から橋が完成したらお礼にお宮を建てると言われてきたが、今回は先にお宮を作ってお願いしたらどうだろう」ということになり、川べりに小さなお宮を建て、採れたての野菜を供えてお祈りしてから、みんなで仕事に取りかかった。
 完成が近づいた真夜中、一人の若者が心配の余り川の様子を見に出かけたところ、お宮の前に美しい姫が立っていて、橋の上を渡って向こう岸へいき、戻ってきてすーっとお宮に入っていった。若者は腰を抜かすほど驚き、ただひれ伏した。以後、この橋は橋姫さまに守られて、一度も流されることなく、集落は繁栄していったという。
 橋姫さまが渡った橋はどこにあるのか。いまはもう判然としないが、開拓期ならではの大事な伝承として、いまも密やかに語り継がれている。 

合田一道(ごうだいちどう)

ノンフィクション作家
1934年、北海道空知郡上砂川町出身。佛教大学卒。
北海道新聞記者として道内各地に勤務。在職中からノンフィクション作品を発表。
主な作品は、『日本史の現場検証』(扶桑社)、『日本人の遺書』(藤原書店)、『龍馬、蝦夷地を開きたく』(寿郎社)、『松浦武四郎北の大地に立つ』(北海道出版企画センター)など多数。札幌市在住。