聖台ダム
~台地潤す技術の造形
  文・写真 秋野禎木

公開

 美瑛の丘を初めて見たのは40年も前のことになる。今ほど観光地として知られておらず、私も何かの用事で富良野から旭川へと車を走らせていただけだった。
 不意に、なだらかに波打つ丘陵が目の前に広がっていることに気づいた。夕霞の中で、遠く連なる起伏の優しさが心に沁み渡り、車を止めて呆然と見入ったことを覚えている。
 それから幾度も、美瑛には足を運んだ。大半は自然の造形である丘陵を見たいがためのドライブだったが、今回は、人間の造形の「聖台ダム」を訪ねる小さな旅である。
 美瑛の市街地から道道543号に入って東に進むと、丘と丘の間に佇むように、竣工から85年を経た聖台ダムの貯水池が広がっていた。
 このダムは、隣町・東神楽町の聖台地区の灌漑用水を確保するために造られた農業用ダムである。聖台地区は水利が悪い高台だったが、そこに水を引いて美田を手に入れたいと望んだ住民から強い要望が出され、美瑛の宇莫別川を利用して貯水池を造り、約20㌔の用水路を引く計画が持ち上がったという。
 だが、美瑛側からは反発の声が上がった。「なぜ隣町のために51町歩もの耕地を池底に沈めねばならないのか」「貯水池が決壊すれば被害を受けるのは美瑛の住民だ」……。道庁などに反対陳情が続けられたが、最終的には土地収用法が適用され、建設が進められることになった。
 技術者が模型実験を繰り返して様式が決まり、1932(昭和7)年に工事が始まる。中心部にコンクリートの遮水壁を設けて土を盛った「コンクリート中心コア式ゾーン型フィルダム」。大型転圧機をアメリカやドイツから輸入して建設する壮大な工事となり、岩盤の亀裂にはセメントミルクを注入するという、この時代の最先端技術も駆使された。堤体は高さ29・7㍍、長さは485㍍。当時としては国内最大規模の農業用ダムだった。この工事は国際会議でも紹介され、その後、道内の多くのダムの「お手本」になったという。

 聖台ダムから見渡す美瑛の丘は、十勝岳連峰の噴火による火砕流が悠久の時間の中で細かく砕け、穏やかな姿になったものだ。この大地の造形を前にすれば、人間が造ったダムの姿は健気にさえ思える。それでもこの造形は、人間が、その領域の中で重ねた創意や知恵や技術の結晶であろう。自然の造形と人間の造形が融合して、美瑛の景観は一段と奥深く目に映ってくる。

文・写真
秋野禎木(あきの・ただき)

元朝日新聞記者/現北海道大学野球部監督
1959年生まれ、北海道小平町出身

【聖台ダム公園】
聖台ダムはダムサイトが公園として整備され、桜やカタクリ、ラベンダー等の花が楽しめるほか、バードウォッチングや紅葉の名所でもあり、さまざまなイベントも開催されています。(ダム湖百選((財)ダム水源地環境整備センター)選定)

【交通アクセス】
JR富良野線美瑛駅から車で10分、徒歩で1時間

ダムの種類

ダムは、材料の違いでコンクリートダムとフィルダムに分けられ、また、建設する場所や地盤の固さの違いに対応して、さまざまなタイプのダムが造られています。

<重力コンクリート式ダム> 材料:コンクリート    桂沢ダム、定山渓ダムなど
ダムの自重で水圧を支えます。日本のコンクリートダムでは最も一般的です。

<中空重力式コンクリートダム>  材料:コンクリート  金山ダムなど
ダムの堤体の一部を中空にした重力コンクリートダムで、足を広げたような形で水圧を支えます。

<アーチ式コンクリートダム> 材料:コンクリート  豊平峡ダムなど
水圧を支えるようにアーチ型に築いたダムで、堅固な岩盤で支えられる場所でしか造れません。

<バットレス(扶壁式)ダム> 材料:コンクリート  笹流ダムなど
水圧をコンクリートの止水壁で受け、それを鉄筋コンクリートのバットレス(扶壁(ふへき))で支えるダムです。

<ロックフィルダム(ゾーン型フィルダム)> 材料:岩石・砂利・砂  漁川ダム、十勝ダムなど
岩石や土を組み合わせて透水・半透水・遮水の3ゾーンを構成することで貯水し、中心の遮水ゾーン(土砂)で遮水します。

<均一型フィルダム(アースダム)>  材料:岩石・砂利・砂  幕別ダムなど
堤体の大部分が土質材料で造られ、大きな強度は期待できないことから、高さは30m程度の比較的低いダムで採用される形式です。

<表面遮水型フィルダム> 材料:コンクリートと岩石・砂など  双葉ダムなど
透水性のある岩石を材料とした堤体の貯水池側をアスファルトやコンクリートなどの遮水壁で被覆したダムです。

<コンバインダム> 材料:コンクリートと岩石・砂など  美利河ダム、忠別ダムなど
重力式コンクリートダムとフィルダムを組み合わせた複合ダムです。

<台形CGSダム> 材料:コンクリートと岩石・砂など  サンルダムなど
掘削で発生した砂や岩ズリなどの現地発生材をセメントと水を加えて造成したダムです。