白鳥大橋
~白鳥湾に翼広げる東日本最大の吊橋
  文・写真 秋野禎木

公開

 鉄のまち・室蘭は、夜景が美しい。
 陽光を浴びた絶景も、鮮やかな夕景もいいのだが、揺らめく光に彩られた夜景は、人間の営みや暮らし、そこに紡がれてきた物語を静かに感じさせてくれるように思う。
 室蘭の工場夜景は昭和の初期から絵葉書になるなど、その魅力が以前から知られていたが、室蘭港の入り口に白鳥大橋が架かってからは、「真珠のネックレス」とも表現される優美な光の景観が、「鉄」という重厚なイメージとは対照的な、沁みわたるような繊細な表情を浮かび上がらせている。

 天然の良港として古くから交通の要衝だった室蘭は、明治期には石炭の積出港として急速な発展を遂げる。さらに、噴火湾一帯で砂鉄が産出されることなどを背景に製鉄、製鋼所が唸りをあげ、「鉄のまち」として歩みを進めることになる。
 ただ、室蘭を良港たらしめる「コ」の字の地形は絵鞆半島側と対岸を隔て、半島部から伊達市方面に行くには湾沿いに回らなければならない。これが街全体の発展の制約になるとみた室蘭開発建設部長が1955(昭和30)年、地元紙の新年号に「初夢」として「湾口連絡橋」の構想を寄稿し、これをきっかけに建設への機運が盛り上がる。一時はトンネル案も検討されたそうだが、曲折を経て1985(昭和60)年に着工、13年後に橋長1380㍍、主塔139・5㍍の東日本最大の吊橋が完成する。

 巨大な構造物を造り上げるのは、当然のことだが、細やかな技術と丹念な作業の積み重ねだ。例えば、吊橋の「命綱」である直径47㌢のメインケーブル。これは、直径5・2㍉のピアノ線を125本束ねた六角形のロープを、さらに52本合わせて造られている。
 そのケーブルを腐食や錆から守るための特殊な鋼材によるラッピング、地震の揺れや温度変化による伸縮を吸収するローリングリーフ式伸縮装置……。数えきれない先端技術の集積が、この橋を成り立たせ、黙々と物流や景観、そして暮らしを支えているのだ。完成翌年には、優れた橋梁・鋼構造工学の業績に対して贈られる日本土木学会田中賞(作品部門)の受賞が決まり、「名橋」としての証を手にしている。
 さらに、風力発電によってライトアップされた幻想的な姿が「日本夜景遺産」にも認定され、新たな観光振興の推進力にもなっている。この橋は、人々を対岸へと導いただけでなく、様々な可能性を秘めた向こう岸への架け橋であったのかもしれない。

<交通アクセス>
【車】JR東室蘭駅から9.7㎞

 

文・写真
秋野禎木
(あきの・ただき)

元朝日新聞記者/現北海道大学野球部監督
1959年生まれ、北海道小平町出身

白鳥大橋の施設諸元や詳しい技術情報を知りたい方はこちらをご覧ください。
「白鳥大橋の舞台裏」https://www.kusanosk.co.jp/trivia/bridgeknowledge/7290

 

【吊橋】

 吊橋は、橋の間をわたるメインケーブルから垂らしたハンガーロープで橋桁を吊り、支える構造の橋です。
 斜張橋も広い意味では吊橋の1種と言えますが、斜張橋にはハンガーロープがなく、複数のケーブルを塔から斜めに張って、桁を直接支えている点が大きな違いです。
 吊橋は、古来、我が国でもサルナシなどのツタ類を使って架けられてきましたが、現代では、メインケーブルとハンガーロープは鋼製、主塔は鋼か鉄筋コンクリート製となっています。
 ケーブルは腐食防止のためにゴムや塗装による表面処理が施され、1998年に完成した明石海峡大橋や白鳥大橋では乾燥空気を送風するシステムも導入されています。

        吊橋の模式図

(出典:国土交通省中部地方整備局HP 橋と道路の話-橋の種類-吊り橋