美原大橋
「過去と未来を繋ぐ橋」 文・桜木紫乃 写真 佐々木育弥

公開

 転勤族の女房になってから7回目の引っ越しでようやく家を持ち、江別に住まうことになった。
 当時、土地を探しに何度か留萌から江別へと通ったのだが、日本海側からやって来ると、いつも美しい橋が迎えてくれたことをよく覚えている。白く繊細なデザインなのに、たおやかさと強靱さを感じさせる橋だった。冬場、電車でやってきたときも、橋はいっそう大きな空に映えていた。
 江別にやって来るたび思ったのは「空の大きなまち」ということ。海の見えない土地で暮らすのは初めてだったが、そのぶん空が大きいからいいか、とも思った。そうした心の切り替えは、おそらく北海道人ゆえだろう。
 橋の名が「美原大橋」と知ったのは、2006年春、当地に引っ越してきてからだった。たった4つの文字で橋の上から見るすべての景色を現していた。
 美原大橋、いい名ではないか。
 江別東インターから江別市美原を結ぶ、3.9キロメートルの美原バイパスの中央にその橋は架かっていた。石狩川に渡した、距離にして972メートルの白い橋。積雪寒冷地域、内陸、季節風の影響を考慮して選ばれた形は斜張橋。天を突くふたつの主塔は、80メートルの高さがある。
 家を建てたのとほぼ同時期に開通した美原大橋には、景観や佇まいだけではない思い入れがある。美しく街のシンボルにもなる橋を見てほっとする心情については、生まれ育った釧路の弊舞橋の思い出も深く関わってくる。
 湿原を蛇行する釧路川の、最後の橋が弊舞橋だ。橋の中ほどで見る夕日は色彩が豊かで、心に溜まった汚濁を洗い流してくれる。幼いころから見ているので、その美しさに気づくまでにずいぶんと年月がかかったように思う。
 道東釧路を舞台にして小説を書くことが多いせいか、他の土地とは違う景色を組み込んでゆく際も無意識に好きな場所を選んでいる。
 縁あって、いくつかの話が映像化されたのだが、ロケハンにやってきた映画人もみな、夕日に圧倒されるのか必ず橋の上のシーンがあった。スクリーンの中の夕日を観るたびに、生まれた街の景色を褒めてもらっているような気持ちになったものだ。

 江別と釧路、太い川のある街という点ではよく似ている。
 本来はそこになかった道が「橋」なのだろう。地域と地域を結ぶ橋は、夢へと架けられた虹にも思えた。
 娘が大学へ進学したと同時に初めてのひとり暮らしをした場所が、美原大橋を渡った向こう側の街だった。
 それまで眺めるだけだった橋が、家族の成長とともに「渡る橋」へと変わった。
 4年間、さまざまな気持ちを抱えながら橋を渡った。彼女もまた、さまざまな気持ちを抱えながら帰省したことだろう。

 家族の歴史に大きく根を張る橋は、やはりそのときどきで大切な「虹」だったように思う。
 わたしの故郷の自慢として、筆頭にあがる景色に弊舞橋があるように、17年前幼い子供を連れてやってきた街にも美原大橋がある。橋を見ながら育った子供たちが、故郷を思い出すときもいつか来るだろう。
 そのとき大きな空に映える白い橋を、どんな気持ちで思い出すだろう。親としての興味は尽きず、変わるものと変わらぬもののあいだをいつも行ったり来たりしている。
 住まいという大きな買い物をした親が、期待と不安のなか迎えてくれた白い橋を見て「きれいな橋だね」と顔を見合わせたことを、覚えていてくれたら嬉しい。
 老いてゆく親と巣立ってゆく子供たちを見守る景色の中に、何色にも染められる白い美原大橋があることを、しみじみとありがたく思っている。

桜木紫乃(さくらぎしの)
作家

1965年北海道釧路市生まれ。2013年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞、20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。
近著に『ヒロイン』、『彼女たち』(初フォトストーリー、写真・中川正子)、ほかにも『起終点駅』『砂上』『ふたりぐらし』『光まで5分』『緋の河』『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』『ブルースRed』、『孤蝶の城』など、著書多数。

佐々木育弥(ささき いくや)IKUYA SASAKI
写真家

北海道上士幌町生まれ。東海大学芸術工学部くらしデザイン学科卒業。曽祖母の死をきっかけに写真を通してできる「人とのつながり」に心を打たれ、独学で写真活動を開始。自身のプロジェクトとして「障害のあるアスリート写真展」を企画・発表。広告・雑誌など幅広く手がけ、無印良品・SUBARU・NEC・新建築社・LIXIL・CCCメディアハウス(PEN・フィガロ・単行本)・マガジンハウス・美術手帖・AIR DOなど実績多数。北海道文化財団「君の椅子プロジェクト」から生まれた書籍『「君の椅子」ものがたり』や「安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄 30周年記念カレンダー」、現在大規模改修工事中の北海道庁赤れんが庁舎実物大写真シートの撮影など、北海道の魅力を発信する仕事にも力を入れている。
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